IBS通信(タイトルが入ります)

2016年10月号(2016年9月23日発行:第200号)

皆さまこんにちは。平成13年から始まった社内報が、おかげさまで200号を迎えました。今回は特別企画として、矢野社長への社史を振り返るインタビュー記事です。
各現場で365日動いて下さっている皆さまに、改めて感謝申し上げます。『きれい』が作るたくさんの『笑顔』のために、これからも何卒よろしくお願い致します。

矢野社長インタビュー/前篇 ~IBS社史を振り返る

2016年10月号(2016年9月23日発行:第200号) 

社内報200号という一つの区切りとして、矢野社長へIBSの歴史と未来についてのインタビューを行いました。今回は前半戦として、創立当初からの出来事を振り返ってもらいました。

Q1.会社創立当初の様子について教えて下さい
 始まりは昭和55年、私の父である現会長が社長として『株式会社伊豆サービス管理センター』という社名でスタートさせました。京成ビルサービスさんからの独立で、ありがたいことに京成さんとは当時から現在までお付き合いが続いています。創立当時、私は中学3年生。ある日、駐車場にポリッシャーが急に現れたんです。「なんだ、これは」と思いましたね。それまであった車の代わりに資機材が置いてあり、まるで工事現場のような光景でした。夏休みなど学校が休みの時は伊東に行って仕事の手伝いをし、スーパーの夜間定期清掃などに入っていました。川崎にあった事務所は四畳一間で、本当に狭かったですね。更に事務所、駐車場、倉庫が離れた場所にあり、これらを1つの場所にしたいという思いがこの頃からありました。

Q2.家業としてのスタートをどう思っていましたか?
 仕事については、家の手伝いの延長だったので苦ではなかったです。受験の時期でも、夏休み・冬休み共に手伝いをしていました。近所の人から「いつも家族で伊豆旅行してていいね」と言われたことがありますが、実際は仕事だったので複雑な気分でした。それから、中学の時の弁当がいわゆる“日の丸弁当”で、育ち盛りとしては少し辛かったのを覚えています。
 私が正式に入社したのは平成7年で、その約10年後の平成16年に社長に就任しました。同じタイミングで、拠点をマンションの一室から現在の本社である社屋に移転。その建設の際に、当時2億以上の負債を背負いました。これによって先代からの事業を引き継ぐ覚悟をすると同時に、家族経営の小さな規模の会社から脱却する決心をしました。

Q3.初期で印象に残っていることは何ですか?
 平成2年にアメリカに留学していた時期があり、その時の課外授業で清掃員が“先生”として教壇に立っているのを見たことです。彼は自分の仕事に自信とプライドを持って話していました。そのことが、当時の私には衝撃的でしたね。当時の日本では、ビルメンに誇りをもって仕事をしている人はほとんどいなかったように思います。アルバイトも職を転々としている人など、いわゆる“流れ者”がやってくる。目に見えない汚れどころか、目に見える汚れもきれいになっていない。そんな現状を変えたくて彼らに丁寧に技術を教え、この仕事は誇りを持ってできる、皆が必要としてくれる仕事なのだとを伝え続けました。もちろん上手くいかないことも多くありましたが、諦めずに向き合ってきました。
 地道な努力ではありましたが、技術や真心が従業員の仕事に出てくるようになり、お客様に「ありがとう」と言ってもらえた時は本当に嬉しかったですね。また現在活動先を広げているおそうじ教室も、アメリカで教壇に立っていた彼の印象が残っていたので違和感なく始められました。

Q4.社内報を始めたきっかけは?
 この社内報を始めたのは私が入社して約5年後、平成13年のことです。少しずつ従業員が増え、頻繁に顔を合わせることが難しくなっていた時期。先ほどもお話ししましたが、“きれい”にするのは「皆に必要とされ、誇りを持ってできる仕事」です。会社の想いや意志、活動を従業員に伝えたいと思い始めました。当時からA4見開きの大きさを月1ペースで作成し、技術と真心のトピックを必ず1つは載せるようにしていました。そして平成26年3月号を最後に代替わりし、現在は新卒入社の若手社員が作成・編集を行っています。執筆自体は私の手から離れていますが、もちろん今でも毎月目を通していますよ。

Q5.これまでで一番大変だったのは?
 失敗したことは数えきれないほどありますが、実は今までで一度も大変だと思ったことがないんです。ただ、永遠の課題ではありますが従業員が辞めてしまう時はとても残念に思います。その都度、「もっと良い会社にしよう、今に満足しないようにしよう、今いる人を大事にしよう」と想いを強めます。よく就職活動で会社と学生を恋愛に例えることがありますが、それと同じで上手く行かなかった時に相手のせいにせず、自分が何か変わらなければいけないと思います。

Q6.会社として大きな転換期となったのはいつ?
 思い浮かぶのは三つ。一つ目の転換期は、現取締役である臼井さん伊藤さんが、平成9年に中途採用で初めて正社員として入社したことです。彼らのために頑張ろうと決意し、それからは技術・真心に関して他社に負けないよう、それまで以上に誠心誠意仕事に打ち込みました。
 二つ目は、平成16年に本社を今ある場所に移転したこと。創立当初からの駐車場、事務所、倉庫を一つにしたいという願いがようやく叶い、実現できた時は感慨深いものがありました。当時女性従業員はほとんどいませんでしたが、建物には男女の更衣室を用意していました。当時から、女性を受け入れたいという強い気持ちがあったからです。
 そして三つ目は、平成25年に新卒採用がスタートしたことです。これまで新卒採用の経験がなく完全な手探り状態で、採用のアドバイスをくれていた方からも『そんな急に何人も採用するのは無理だ』と言われていました。しかしやれることは全部やろうと、臼井さん伊藤さんと合同企業説明会へ足を運び、じっくりと応募者との面談を重ねた結果、女性8名というビルメン業界としては異例の採用を成し遂げることができました。彼女たちの入社をきっかけに、それまで男性社員がほとんどだった社内の雰囲気ががらりと変わりました。
 また毎年アメリカへ新技術を学びに行っており、そこで感じたことがあります。それは、20世紀はハードの時代だったが21世紀はソフトの時代、つまり製造業からサービス業へ大きく転換するだろうということ。そして世界的に『環境』を考える時代になり、これまでの『ビルメン』から、『環境衛生』の時代へ私たちも変わらなければと感じました。

【次号に続く】

2016年10月号(2016年9月23日発行:第200号) 
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